作品について

シンセカイ
- Origin ReS AI -

【略称】オレサイ
【作者】桜井正宗@sakuraimasamune
【公開】2019年
【最終】2019年06月16日
【一言】追記しました


 世界は滅びました。
 新しい世界――『シンセカイ』へようこそ。

登場人物紹介


◆ナギ(仮)
記憶喪失で自分が何者かも分からない。
謎の少女・ローレライに助けられ、旅を共にする。

性別:♂

◆ローレライ
黒いドレスに身を包む謎の少女。
ツンツンしているが、優しいところもある。
謎の闇を操る。

性別:♀

◆サクラ
大人しい性格。照れ屋。
ローレライとは仲間。
強大な力を持つようだ。

性別:♀

◆ロバート
パーティのまとめ役。聖職者。
聖職者ではあるが、無神論者。その理由は定かではない。
冗談好きで、辛いものが好き。

性別:♂

◆第一章『世界再生 - Regeneration -』


 淡く、脆い意識の中でただ白い天井を見上げていた。
朦朧とするセカイ。まるで面会謝絶の病室にでも隔絶されているかのように、変化に乏しい。俺はただそこに寝ていた。

 その時間が何十分、何時間、何週間、何ヶ月、何年と感じられ、気づいた時には目の前に黒い影が蠢いていた。

(……誰だ?)

 声は出せない。悲しいことに出ない。だから、それに問うことも叶わなかった。
まー…それならそれでいい。どうせ動けやしないんだ。だから、俺は目蓋を閉じた。


 そうして、また時間が経った。どれくらい進んだのか判らないけど。
少なくとも、身体に温もりを感じ始めて、血が通い始めているようだった。もうすぐこんな苦痛な一時からも解放される、そんな気がしていた。

 しゃんしゃん。
 あ、この音は。またあの黒い影だ。俺を覗き込むナニか。恐らくは人影だ。以前に増して視界が良好になってきているので、ようやく確信が持て始めてきた。きっと、誰がそこにいる。俺を見ている。

 しゃんしゃん。しゃんしゃん……その音はいつしか遠くなっていた。
 あれ。何処へ……何処へ?
 あれはひょっとしたらもう手の届かない存在なのかもしれない。たぶん。きっと。

(……ん?)

 歪んでいた世界が――いや、視力が唐突に戻った。回復したようだ。
 お。手も足も覚束ないが動く。俺は嬉しくなって立ち上がろうとした。その時。

 天井が爆発を起こし、吹き飛んだ。

「んなっ!?」

 俺のいた場所が、恐らく医療施設のような場所が一瞬にして瓦礫の山になった。何が起こった。ていうか、よく生きてたな俺。
 あっちこっち見渡すも建物の残骸だけが残っているだけ……と思ったが。

 ゴォっと鈍い音と共に巨大な生物現れた。

 それは全長7、8メートル以上はあろうかというドラゴン? だった。だが、イメージする普通のドラゴンと違い、全体真っ黒で染まっている。まるで、影絵のようだ。(以下、影絵ドラゴンとする)
 それはこちらを睨んで今にも喰ってやると言わんばかりに大きな口を開けている。むしろ、炎でも吐く感じ!?

「な、なんだよこれ!」

 信じられん。目を覚ました早々、こんな非現実的なもんに出会うだなんて。ここはなんだ、そういうアトラクションかナニカなのか!? ――なわけなかった。影絵のドラゴンはそのまま突進。俺を喰らおうとしていた。

「う、うそだろぉ!?」

 ワケの判らないまま死ぬのか……! くそっおおおおお…………お?

 死を覚悟したその瞬間だった。

 どこからか“黒い物体”がまたも現れ、それが影絵のドラゴンをぶん殴った。その威力は凄まじく、影絵ドラゴンの巨体が空中で7回転はしていたと思う。

「助かった……のか」

 今のうちに逃げるべきか悩んでいると、しゅたっとどこかで見たことのあるような人影が現れた。それは黒いドレスに身を包んでいる、どこか幸薄そうな少女だった。

「って、もしかして……今のはキミが……?」

「ええ。間一髪、だったわね。まー、生きててよかったわ。って、それよりも、アレを何とかしなきゃならないのよ。あんた、そこにいると邪魔だからもう少し離れていて」

 と、やや睨まれつつも少女の言うことに納得し、程よい場所まで移動した。俺はそこから戦況を見守ることにしたが、あの黒い少女、ひとりで大丈夫なのだろうか。

「んー、これはきっついわね。仕方ない、サクラ」

 サクラ? なんかの呪文か? と思案していると、あの黒い少女よりも幼い感じの少女が俺の横を、てこてこと通り過ぎて行った。

 見た目は小学生高学年か中学生。あんな娘が? いや無理だろ。喰われるのがオチだ。俺は止めようとしたが、自身がスッポンポンである事に気づきブレーキを掛けた。
 いかん。この姿で人前に出るなんて不可能だ。わいせつ物陳列罪だ。ていうか、あの黒い少女、普通に俺と話してたな!? 知ってたのなら指摘くらいしろよ……!?
 そんな突っ込みも露知らず、あの小柄な少女……確か、サクラは、勇敢にも影絵ドラゴンの前に立ち塞がった。

 何をする気だ? てか、あんなのに勝てるわけないだろ。無謀すぎる。しかし、そんな考えは浅はかだったようだ。
 次に現れた光景は、不気味、おぞましいを通り越し、更に、邪悪すらも超越していた。なんだろうあれは、言葉では表現できない。影絵ドラゴンを凌ぐバケモノが少女から飛び出していた。
 お食事中はとてもじゃないが凝視したくないような、グロデスクな外観。なんていうか、あんな怪物を一昔前の映画で見たことがある……あれは確か“未知の物怪Z”だったかな。あの劇中に登場する、まさに形容しがたいバケモノだった。

 そのバケモノは、膨張を始めると共に影絵のドラゴンを一飲みした。あっという間に。容赦なく。ぱくりと。

「……」

 俺はその光景に愕然というか、呆然としていた。何なんだあの二人。そもそも影絵のドラゴンからして異質だったが、それよりももっと異質な存在が目の前にいた。どいつもこいつもバケモノじゃないか!
 しかし、助かったのもまた事実。ここはお礼を述べておくべきだろう、と、行動に移そうとしたのだが全裸だったことを失念していた。いかん。
 そんなあられもない情けない姿を晒すワケにもいかず、身動きが取れずにいた。が、それを察したのか、黒い少女とサクラとかいう少女が歩み寄ってきた。

「あー、そういえば、裸だったわね。って、サクラ、あんたは見ちゃダメ」

 黒い少女はサクラの目を手で覆った。
「どうして?」と短く、サクラは問うたが、黒い少女は答えなかった。それもそうだ。

「さすがに素っ裸で歩かれても困るし、そうね。じゃ、服あげるわ」

 そう黒い少女は右手を挙げると、その二の腕あたりまでが黒い空間に飲み込まれていった。そこから、ガサゴソとまるで散乱している鞄の中にても手を突っ込んでいるかのような動作を見せると、確かにそのように服を乱暴に取り出した。

「すごいな。流行りのマジックか何かか? 俺にも教えてくれよ」

「は? なに言ってんのよ、あんた。いいから、服を着る」

 なんか白い目で見られたので、素直に服を着ることにした。しかし、この……紺の和服。こういうのなんて言うんだっけな。確か、しじら織だっけな。やたら風情を感じさせるし、なにやら懐かしいのだが……まあいいか。

「思ったより似合うのね。それ、ロバートのおさがりだけどね」

 なんか知らんが褒められた?

「それより、これからどうするかよね。えっと、そういえばあんた名前は?」

「ん。名前?」

 名前……。名前? そういえば、俺の名前ってなんだっけ。思い出せない。誰だよ、俺。

「さあ?」

「さあって……なによ、記憶喪失だとでも言うの。んー、困ったわね」

 俺が一番困っている。なにせ、俺が何者でどこの誰で、なにをしていていたのかすら思い出せない。この場所も、この世界も定かではないのだ。

「じゃー、その格好で決めるわ。先生っぽいし、センセでどう?」

「どうって、そりゃ名前じゃなくて敬称だろう。って、まあいいや。どうせ思い出せやしないし、変なあだ名を付けられるよりも数倍マシだ。それでいい」

「決まりね」と、なにやら黒い少女は機嫌が良さそうだった。……って、まて。そういえば、俺、この黒い少女の名前を知らない。

「で、キミの名前は?」

「あー、そうだったわね。わたしはローレライ。この娘は――」

「サクラです」と、小柄の少女も続いて名乗った。

「へえ。ローレライね。いい名前じゃないか。あ、そっちの娘はサクラちゃんか。すっごく可憐だね。よろしくね」

 明らかに対応が違ったのがバレたようで、ローレライに足を踏まれた。

「ごっ……! ローレライ、て、てめぇ……」

「ふーんだ。天罰よ」

 なるほど、こいつの性格が少し判った気がする。

「それより、センセも助けたことだし、ロバートと合流しなきゃ。隣の村に急ぐわよ。早くしないと日が沈むし」

 なにやら意味深に空を見つめるローレライ。夜になにかあるのか。いやもう知りたくもない。さっきの影絵ドラゴンでお腹いっぱいだ。

「俺は……右も左も判らんし、キミ達についていけばいいのかな」

「なによ、今更。当たり前でしょ」

 しゃんしゃん。どこかで聞いた音が響く。ローレライのリボンについてる飾りから? ……いや、気のせいか。

「どうしたの? 行くわよ」

「お、おう」

 まさか、あの影はローレライ。お前だったのか。そう問い詰めたいところだったが、腹が減ってそれどころじゃなかった。

「すまん。そういえば何も食っていなかった。死にそうだ」

「お兄ちゃん、腹ペコ?」と、サクラが心配そうに顔を覗かせていた。可愛い。

「そうなんだよ。起きてから何も口にしていなくてね。胃の中が空っぽだ。これじゃあ、満足に歩けそうにない」

「はー、もう仕方ないわね。わたしはどこぞの便利ロボットじゃないんだからね」

 そう不貞腐れ気味にまたも右腕を宙に伸ばす、ローレライ。
 例の闇空間と接合される。そこからゴソゴソと何かを探し、それを取り出した。

「はい。ハバネロ」
「は? 馬鹿にしてんのか、お前」

「なによ。腹ペコなんでしょ? ハバネロなんて、たったの300,000スコヴィルしか辛さがないのよ。ブット・ジョロキアに比べればマシだし、死にはしないし腹の足しくらいにはなるでしょう。これで我慢しなさい」

「我慢しろってな、お前……」

「残念だけど在庫がこれしかないの。諦めて」

 ハバネロはないだろ。辛すぎるだろ。悶えるだろ! 涎がとまらねーだろ! そう饒舌に突っ込みを入れてやろうかと思った矢先。

「ローレライ。いじわるはよくない。食料はちゃんとあるでしょ。お兄ちゃん、起きたばかりでお腹ぺこぺこなんだよ」

 そんな天使の声が介入してくれた。さすが、サクラちゃんだ。

「くっ……判ったわよ。ちょっとした出来心だったの。許して」

 再度、闇に手を伸ばし、今度は迷いなく直ぐにそれを取り出した。それらは、ハバネロと打って変わり、豪華で美味そうなサンドウィッチだった。

「ほら。好きに食べるといいわ」

 バスケットを受け取る。あまりの空腹に、俺は真っ先に食いついた。ガツガツと味を噛み締める余裕もなく、飲み込んでいく。

「お、美味しい?」と、なにやらローレライは味を気にしているのか、そう聞いてくるが、俺はそれよりもさっさと腹を満たしたかった。

「って、ちょっと……んー、まあいいわ。落ちつたら教えて。わたしはちょっと辺りを偵察してくる。サクラ、このセンセを頼むわ」

 そう言って、ローレライはどこかへと歩いていった。なんだあいつ? と、サンドウイッチを頬張りながらその動向を観察しようとしたのだが。

「……」

 サクラちゃんと目があった。
好奇心旺盛な瞳をしていらっしゃる。俺という存在がよほど珍しいのか、それとも、興味があるのか。あーいや、あの視線はこのサンドウイッチか。

「食べる?」

 食べかけのサンドウイッチを差し出す。あまりにガッツキすぎたため、もうこれしか残っていなかったのだ。

「うん」

 サクラは手を伸ばし、食べかけなのは気にせず、もぐもぐと小動物のように食べ始めた。可愛い。

「これね、ローレライのお手製なの。だから好き」

「……え! まじ!?」

「まじ」

 あー…そういうことね。だからさっき味がどうとか。まあ、美味いのは認める。絶妙な味付けがなされたタマゴサンド。涙が出るくらい美味しかった。
 ……いや、既に涙が止まらない。

「ど、どうしたの、お兄ちゃん」

「なんだか数百年ぶりにメシを口にしたような。それくらい空腹だったものだから……」
「よっぽどお腹が空いていたんだね。じゃあ、これあげる」

 食べかけのタマゴサンドが差し出された。
 それさっき俺があげたやつ……もう一欠けらしか残っていない。
 いやそれよりだ。今しがたサクラが口にしていたものだ。つまり、これを戴くということは間接キ……いやしかし、彼女の行為を無碍にもできない。
 悩んだ末、俺はそれを有難く受け取ることにした。まあ、大丈夫だろ。そう遠慮なく拝領仕ろうとしたところ。

 蠢く闇がそれを掻っ攫っていった。その闇を操るは、むろん……。

「ローレライ……」

「あ、ごめん。手が滑っちゃったわ」

 無情にもタマゴサンドをぱくりと一飲みしやがった。
 ……この女ぁ!?

「ふ、ふん。そんな睨まれても、もうわたしの胃の中よ。それより、もう行くわよ」

 黒いドレスを翻しながら踵を返すローレライ。俺はその後姿にコイツが不幸になりますようにと呪詛を送り続けた。食べ物の恨みは恐ろしいぞ。


 ◆


 隣の村とやらは思ったより近かった。
 ローレライに聞いたところ、俺のいたところは恐らくは“ピラミッド”や“マヤ遺跡”がモデルのような建物だったが、先の影絵ドラゴンによって吹き飛ばされ、その原型はもうない。よって、俺にその真意を確かめる術はもうない。
 もうあの場所に戻っても瓦礫の山があるだけで、なにもありはしないだろう。俺がなぜあんな場所にいたのかは判らないが、その意味すらも思い出せないし、然程、興味も沸かなかった。

 今はとにかく――? どうしたいんだ、俺。

「ついたわ。あの教会にロバートがいるはずよ。ていうか、100%いるわね、間違いないわ」

 あの教会? と、指差された方向を見る。
 すると、そこには寂れた村にしては立派な教会があった。

「へえ。なんか他の家とかと大違いだな」

「そりゃそうよ。あれは“スターダスト教”だから」

 スターダスト教? 聞いたことねぇやとそんな顔をしていると。

「この国の大半はスターダスト教ってくらい有名な宗派よ。かくいうわたしは……」

「ローレライ」と、サクラが何故か止めに入った。

「あ、ごめん。そうだったわね」

「ん? なんだ、ローレライもそのスターダスト教の信奉者なわけか」

 そう聞いてみただけだったが。

「違うわよ!!」

 なぜか物凄く憤怒するローレライ。

「そんな怒るなよ。俺は世間の情報に疎いんだ。目を覚ましたばかりだし」

「そ……そうだったわね。ごめん。感情的になった」

 妙な空気が流れる。これはちょっと居心地が悪いな……と、なにか話題を逸らそうかと思った矢先だった。

「ローレライは“ツァラトゥストラ派”ですので。そんな私は無神論者なのに、聖職者ですからね。笑っちゃいますよね、ハッハッハ」

「へ?」

 俺たちに割って入ってきたのは、神父っぽい格好をした優男だった。なにやら、胡散臭くもあり、信用ならない雰囲気が鼻につく。

「ロバートさん」

 そう短く誰かの名を口にしたのは、サクラ。ああ、なるほど、この人が噂のロバートね。

「なにしてたのよ、ロバート。ていうか、その宗派は言葉にするなってかた~く禁じていたのは何処の誰でしたっけねえ? ええ!?」

「さあ。どなたでしょうね。それより、この御仁。もしかすると……例の?」

 なにやら珍獣でも見るかのように物珍しく観察されている。俺はひょっとしたら希少価値のあるURな人間なのだろうか。嬉しくない。

「こいつは本名不詳よ。とりあえず、名前がないと不便だから“センセ”と仮称しているわ。格好からしてね」

 なるほど。と、神父らしき男は納得したようだ。いや、そこ納得するな。

「おお。思った通りだ。やはりその服、似合いますね。私のおさがりですけど、サイズはぴったしですね。良かった」

「うぇ!? そうだったんですか!」

 そういえば、ローレライがそんな事いっていたような。今にも脱ぎ捨てたいところだが、これ一枚しかないので、全裸に逆戻りも簡便願いたい。ていうか、風邪を引いてしまう。

「ええ、まあ。で、そうですねぇ。“センセ”というのは少し言い難いというか、堅苦しいので貴殿の名を正式に決めてしまいましょうか」

 と、まともな提案が出たことに俺は涙腺が崩壊しそうになった。良かった。この人は意外とまともそうだ。

「では“タナカ”でどうでしょう?」

「いやです」

 その拒絶、0.3秒だった。なぜだか俺は拒絶反応が一瞬にして出たのだ。

「では“サトウ”では?」

「断る」

「拘りが強いお方ですね~。……ああ。そういえば、その服に“ナギ”という名が書かれていたのです。その名を拝借するのは如何でしょう?」

「なぬっ!?」

 それは知らなかった。俺は直ぐにしじら織の紐を解き、裏生地を確認した。すると、そこには確かに、薄っすらと【ナギ】と記されていた。
 うん。これは良い響きだ。俺にぴったしじゃないか。それに、なんだかそれが俺の名に近い気もしていた。

「どうやら決まりのようですね。では“センセ”改め“ナギ”殿。よろしく」

「あ、はい……よろしく」

 正式な名も決まり、ロバートと握手を交わした。

「ふーん。ナギね。いいんじゃない。そっちの方が名前っぽい。じゃ、わたしもよろしくっと」

 横から俺とロバートのやり取りを見ていた、ローレライが手を伸ばす。更に続いて、サクラも。

「ふたりともよろしく」

「これから一緒だね、お兄ちゃん……あ、お兄ちゃんって呼んでもいいよね?」

「ああ、もちろんだとも。俺もサクラちゃんって呼ぶから」

「うん。うれしい」

 ああ、良い娘だ。本当の妹みたい。これからこんな可愛い娘と一緒にいられるなら、今の俺がこうなってるのも悪くないなって思った。

「なに鼻の下伸ばしてんのよ。そんなことより、教会へ行く! もう夜になっちゃうから!」

 なにか気に食わない事があったのか、ローレライはドスドスと地面を踏み鳴らしながら、先に教会へ向かった。

「な、なんなんだアイツ」

「ナギ殿。女の嫉妬はそれは地獄よりも恐ろしい……闇夜に気をつけることですよ。……嗚呼、戦々恐々」

 ロバートはブツブツとなにか言いながら小走りで教会へ行ってしまった。
 ……いや、だからなんなんだよ?

「大丈夫。お兄ちゃんのことは、あたしが守るから」

「ありがと。俺たちも行こうか」

「うん」

 なにやら早くも不穏というか、先が思いやられそうだった。

 ◆

 年季の入った教会の中は予想を裏切り、豪華な内装だった。
 金銀宝石。やたら豪華な装飾が施されており、神聖というよりは趣味の悪い貴族の屋敷のようだった。
 しかし、あれら全て本物なのだろうか。だとすれば、簡単に盗めてしまえそうなセキュリティの甘さ。泥棒にとっては盗みに入りやすい事この上ないだろう。

 長広い通路《レッドカーペット》を進み、教壇の前まで歩むとローレライの祈るようにしている姿があった。巨大な十字架を前に跪いているその姿はどこか美しく、神々しかった。
 礼拝か。いやしかし、彼女は“スターダスト教”ではないのでは?

「なあ、ローレライ。お前、宗派が違うんじゃなかったか。これバレたら大問題じゃねーの?」

「……」

 押し黙るローレライ。まさか図星なのか。そうなのか!?

「これは呪いをかけてやってるのよ……フフ」

 なんだコイツ……!? 闇使いだけに闇が深いな!?

「というのは冗談でね」

 冗談かよ。

「実はさ、わたしには借金があるのよ」

「へ?」

 唐突になんだ、こいつは。が、しかし少し同情しないでもない。俺も過去にそんな事があったような……ん? 過去? ううん? ……まあいいか。それより。

「やばい額なのか?」

「まー…その、1……億くらい」

「へー…1……億!?!?!?」

 心底びっくりした。1億ってそりゃ大金だろ。

「1億円か……やばいなそれ」

「えん? なにその通貨。聞いたことないわ。1億S《シーベルト》よ」

 シーベルト? って、そりゃ、被ばく量の単位じゃなかったっけ……。って、そうなると、1億Sがどれくらいのものなのか判らん。

「で、それはヤバイ額なのか?」

「そりゃそうよ。一生遊んで暮らせる額だから」

「そ、そうか」と、俺はそれしか反応を返せなかった。
なんというか、こいつの闇の深さが垣間見えた瞬間だった。

「これはね……親が残した負の遺産ってやつ。こんなの残すだなんて最低の親だわ。ほんと」

 さすがに話が重すぎて俺は「お、おう」としか反応ができない。

「でさ、あんた、この借金の一部を肩代わりしなさい」

「? なんだって?」

 今こいつサラリととんでもない事を言わなかったか?

「聞こえなかった? 1,000万Sを肩代わりしなさい」

「なんでだよ!? 意味わからんわ!」

「あのねぇ……あんた、そもそもこれからどう生きるつもり? ひとりでのたれ死ぬなら止めはしないけど、一緒にいる以上は生活費ってもんが掛かるわけ。だから、これから付いてくるなら恐らく掛かるであろう、1,000万S分を借金として受けなさいってことよ」

 ……なるほどね。こいつの言わんとしていることは大体だが判った。確かに、俺は記憶障害のようだし、このまま一人孤独に行動できるかといえば怪しいもんだ。3日も持てばいいほうだろう。下手をすればさっきのあの影絵ドラゴンみたいなモンスターに襲われてお陀仏。そんな悲惨な死に方は御免蒙る。
 だったら……だったらそう、こいつの言う通り借金を受けるしかない。
 ったく、どこぞの賭博黙示録じゃあるまいし……いやアレよりかは遥かにマシか。ああもうどうにでもなれ。
 ということで、俺は済崩し的に借金1,000万円を背負う羽目になった。

「交渉成立ね。じゃあ、ほら」

 と、握手を求められる。……まあいいか。

「ああ」

 俺は渋々ローレライと握手を交わした。彼女の手は真冬のようで、どこか疎外感を感じた。こいつ……なんでこんな、ひんやりしているんだ?

「ほー。これはこれはお二人さん。仲の良いことで」

 握手を交わしている最中、そんな横槍が入った。この声は、ロバート。

「い、いやこれは、何でもないですよ!」

 咄嗟に手を離し、ローレライとの距離を取った。彼女もまた少し焦っている様子で顔を逸らしていた。

「あ、みんなここに居たんだ。あれ、お兄ちゃんとローレライどうしたの?」

 ロバートに続いて、サクラもひょっこり現れた。この状況が飲み込めないのか、妙に混乱している様子だ。

「いや、これはそのね……」

 俺は言葉に詰まる。なんて説明したらいいんだか……困った。そんな微妙な空気に、サクラは不思議そうな表情で俺とローレライを見比べていた。
 そんな微妙な時間が長く感じられる中で、ロバートが神妙な顔つきで徐にこう呟いた。

「ふーむ。どうやら、囲まれていますねぇ。それもかなりの人数に。
 しかしこの気配……スターダストの信者ではなさそうですね」

「なぬっ?」

 囲まれているだ? 俺には全然判らん。が、俺以外の皆は何かを感じているようだ。なんだ、俺だけ蚊帳の外か。チクショウ。

「こうなっては戦闘は避けられぬでしょう。そこで、出番ですよ」

 と、ロバートはローレライを名指しした。

「結局そうなるのね。でも、この人数はちょっと面倒だわね。サクラはやっぱり無理?」
「……うん。ごめんね。今日もう一度、召喚《サモン》してるから」

「かっー…そうよね。サクラの力が残っていれば、その方が手っ取り早いんだけどなー。そうなると、まともに戦えるのは今のところわたしだけか……。まあいいわ。じゃ、ロバート、サクラは退避で」

「了解です。サクラは私にお任せを」

 サクラ庇うように、ロバートは教会の奥へ――いや、まて。

「俺は!?」

「ん? あんたは、わたしと一緒。ロバートはそりゃめちゃくちゃ強いけど、サクラを守りつつ戦闘になったら、あんたも守りきれるかは判らないでしょ。ここは二手に分かれる方が多少、生存率も上がるってもんよ。とはいえね、さすがにわたし、守るのは性に合わなくてね、ほら」

 そう、ローレライは例の闇から何かを取り出すと、それを放り投げてきた。
 なんとか両手でキャッチするが――。

「なんだこれ? 黒い石?」

 それは宝石のような黒い石だった。黒曜石とかそういう類のものだろうか。掌サイズだが、しかしズッシリと重量感はある。また、熱も帯びているのかほんのり暖かくカイロのような温もりさえある。しかし、こんなんで、どうやって戦えというのだ。

「これを削って槍にでもしろってか。縄文人じゃあるまいし、てかそんな時間もねーだろ」

「なに言ってるの。それは【ツァラトゥストラ】という、わたしの信仰する神さまの創造された石《パワーストーン》らしいわ。間違いなくホンモノよ。でもね、残念ながらわたしには使用制限が掛かってしまうみたいなの。だから、ナギ、あんたが使ってみるといいわ。もしかしたら自分の身くらいは守れるかもしれない」

 ツァラトゥストラ……そういえば、そんな事を言っていたな。そんなものに関係しているのか、この石は。

「そんな大層なもんを俺なんかに預けていいのか。つーか、使い方を教えてくれよ。説明書は? 俺は、ゲームを始める前に説明書をじっくり読む派なんだ」

「そんなものはないわ。使い方なんて自分で決めてちょうだい。石はあげるから、さあ、もうそれより“敵”のお出ましよ。わたしの傍から離れないで」

 その発言通り、敵は忍者のように突然姿を現した。
 教会の信者というから、さぞそれっぽいヤツ等なのかと思いきや、その予想は的外れであった。あれはそう……人間というよりか、獣に近い。確かに人型を成してはいるが、そうか、この場合は“獣人”というべきだろか。――いや、亜人《デミ》だったか?
 そういった各々が獣耳、尻尾を生やし、異様な目つきで俺たちを睨んでいた。
 性別は恐らく、いや間違いなく男。屈強な大男が8人。とてもじゃないが、信者には見えない風貌だ。
 なんだこいつら。この世界にはこんなヤツ等が跋扈してんのか!?

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